ミニマム

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仕事帰りの下り電車を降りたら
ほどなく上り電車がやってきて、行商のおばあさんがホームに降り立った。

以前は、駅入り口にあるベンチに座ってるおばあさんに
通勤客の女性が「あれ届けといて!」なんて留守中の配達を
頼んだりしている姿を毎朝のように見かけていたけど、地震後は初めて。


ただ単に、最近の出勤時間がそれまでより早くなっているから見かけなくなったのか?

本当のところはわからないけれど、こんな行商っていう昔ながらのミニマムな物流が
いまなお誰かの生活を潤しているっていう事実がまだ息づいている田舎の暮らしに
不必要なものまで買占めようと躍起になっている人がいるような(実際にこの週末に目にしたんだけど)
そんな“アホらしい”都会の暮らしを脱したことがうれしく思える。

田舎は不便だからイヤ、とかそんなの。住まなきゃわかんないんだぜ?




今度あのおばあさんから野菜を買おう。果物も持ってたな。



ミニマムかもしれないけれど、これだって立派な経済的貢献、だと思うしね。




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RAM乗り、RUMを飲みに行く

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2杯目はモヒートで。


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グラスの底にはオーガニック・シュガー。

このちょっと控えめな甘さが
飲み進めていくうちに濃くなっていく…


あぁ、至福の時。


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FOODも充実。

グリルしたチキンに、マンゴーとトマトという
初めての組合せでつくられたソース。


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FOOD&BAR CANA【カーニャ】

 
本当にラム酒だけで60種類…!?
真実を確かめるためにも、通わなければ(笑






それでも好きだから。

移住して以来、ココロの中でずっともやもやとしていたことが
すっと晴れるような、そんな気持ちになった。


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それはまるで、ピントがずれてボケボケになったファインダーのなかの風景に

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さっとフォーカスが合うような、そんな心地よさと似ている気がした。



今回の一件で、海辺で暮らすことの「覚悟」を感じたとおしゃる方がいた。
でも、海の怖さを知っても、嫌いになったわけではないという。


その話をボクは自分に置き換えてみた。


少々大げさかもしれないけれど、生まれた時から海と共にいたように思う。

人に話しても信じてもらえないことの方が多いのだけれど
ボクが覚えている記憶の中で最も古いものは、父親が運転するクルマの後部座席で後ろを振り返り
けん引されている小さなモーターボートを見ている映像で、ある時酔った勢いで父親に聞くと
それはボクが2歳のころだった。

そして、そのボートが実家の前の海に浮かべられて、そのまま沖に連れ出されたことも覚えている。
父親が初めて手に入れた遊び道具の処女航海だった。

そのおかげかどうか、船酔いというものを経験したことがないボクは
以降、子ども時代の多くの時間を海の上で過ごしたし
小学生の頃も放課後のほとんどが海とともにあった。

それ以外にも、何かあれば友達と海に集合してたし
腹が減ったら海に行って食べものを探したし、大きな失恋をしたのも海だった。


でもそれも高校を卒業して実家を離れるまでで
関西→関東と学生から社会人を過ごした場所では
レジャーや趣味で行く海はあっても、生活の中にはなかった。



たぶんボクは“生活の中に海”を求めていたんだと思う。
正確には求めていた、のではなく「帰りたかった」のかも。

移住後、たくさんの人に引っ越してきた理由を聞かれ
答えに窮していた事実。

サーフィンでもなく、知り合いがいたわけでもない。

なんとなく流れ着いちゃって…なんて誤魔化していたけど
でも本当は、暮らしの中に自然と海が入りこんでいる
人生を望んでいたからなんだと思う。


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ただ、この新しいパートナーは外海で、
昔過ごした海とは違う怖い一面も持っている。

あの津波を発生させた海のように、一瞬でボクらを飲み込んでしまうかもしれない。

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でも、毎晩のように暗闇の中で絶えず打ち寄せ、引いていく不穏な音を響かせていても
やっぱり好きなんだ、と。
海のそばで暮すことが好きなんだ、と。
例えそれが大自然のもたらす圧倒的な死、と隣り合わせの生活であっても。



それでいいんだと思ったら、なんだかすっきりした気持ちになった。






あー、なんか支離滅裂。
酔ってるから長文書いちゃった。
寝よう。


Tsunami

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きょうは2度、ここを歩いた。
海へと抜ける松林の道。


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地震以降、初めての海。
大津波警報が出された近所の海。


ここ一宮も津波の被害があった町。
詳しくは役場のHPに→一宮町・緊急災害情報


でもあれ以降、ゆっくり町を歩く機会はなく
実際の被害はこの目で確認することができずにいた。


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ビーチと松林の境界にある石積み。


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金網にまとめられた石が津波に押し上げられて
盛り上がってました。これが海岸線に延々と。

改めて凄い力だったんだなぁ、と。


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その石積みの内陸部にある砂山。

これも津波に洗われて、草の根が張ってる部分だけ残った…そう。
元を知らないと分かりづらいか。



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そして房総らしい暖かな午後に再訪。
津波の爪痕を目にしながらランチ。

そこで目にした海は、あの時と変わらない海だった。
BEACH 1)
BEACH 2)
BEACH 3)
BEACH Last




日常が戻りつつある町。
津波の爪痕はもう景色に溶け込んでいた。






あの日から

  • Day:2011.03.17 00:29
  • Cat:xoxo
あの日から生活のいろんなことがイレギュラーで。


そんな日々に疲労やストレスがたまっているのは否定しないけど
あの地震の約2時間後、石巻の大切な友人から送られてきたメールと
添付された2枚の写真を見返すと、ボクのストレスなんて些細なことのように吹き飛ぶ。



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「はは もうやけだわ」


こんなにも短い一文に込められた友人の気持ちを思うとやり切れない。


すぐに送ったメールには返信が来ないけど、きっとダイジョウブ。
そう信じての日々。


あの日からの日々。








残陽光

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「いやぁ、日が長くなったなぁ。」



季節の変わり目に親父が必ず言っていたのですが
ボクも同じことをつぶやくようになったのは
それだけ年齢を重ねてきたから、ということでしょうか。



撮影データによると上写真のシャッターを切った時間は、18:23。


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こちらは1分後。


職場の対岸、北西方面の空が
まだうっすらと明るくて。。

都心部の街の明かりとは違いますもんねぇ。




また季節が変わっていってるんだなぁ。




などと(厳密にはまだ仕事中の)職場のローカにて。


着工

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ついに着工。

その現場に立ち寄りました…が、

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この日、職人さんたちはお休みでした。。


基礎工事の準備がされた現場をしばし見学。
更地の時は、真っ白なカンバスって感じだったけど
こうやって徐々に色がついていくんだなぁ。。


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さてさて動き出したぞっと。


“page”というカタチ

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ある人の想いが、ひとつのカタチになった舞台。



そのドアに手をかけた時に
短く息を吸い込んで、そっと吐き出した。


いまのボクには想像しかできないけど
なにかをカタチにすること、するためには大きな覚悟がいることだろう。

そして、その覚悟に触れる時には
こちらにも覚悟が必要なのかな、と。



と、まぁ少し大げさですが
ご近所の写真家sotoboさんの写真展にお邪魔してきました。


『page』


ボクなんかが語れることは何もありません。
sotoboさんの写真と、その覚悟を直接感じるのが一番じゃないかと。


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写真展の期間中限定のcafeもオープン。

特製チキンカレー。やばいっす。
カレーは週替わりとか。
毎週通っちゃおうかな。


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こんなに素敵な海のそば。


P3051552.jpg

気持ちよかったですよ。




息抜き仕事

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息抜きと呼ぶにはタイトでハードでしたが
きょうから始まるジャパンインターナショナルボートショー2011に出展されるメーカーさんの
ブースで流すVTRが完成。


正直、スケジュール的にクオリティは度外視かな?なんて思っていたけど
ある二人の協力により、クライアントも大満足の内容に仕上がりました。


その二人とは・・・サイコロモナカとして活動中の、たかさん&いずさん。

おかっぴカワイイよ、おかっぴ。
ガムとか作ったからって戴いちゃいましたよ。



アットホームな雰囲気の中、ちゃきちゃきと作業していただいたおかげで
編集時間も大幅短縮。
ボートショーの初日に間に合わせることが出来ましたよ!あざーす!!


たまにこういう本業以外の仕事をするのって大事ですね。
本業じゃ扱わないであろう題材だったり、編集方法だったり。
楽しくていいですな。



さーて、これでまた通常営業。


とりあえず…








あーそーぶーぞー!!







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